暮らしと備え

 私は、子・配偶者なしで、親族と同居でしたので、自分のことだけに向き合いやすい環境だったと思います。 

 もしも配偶者と幼い子どもがいて、家計の中心である自分が病気になったとしたら…、もしも自分がその配偶者の立場だったとしたら…、おかれた立場によって不安の中身も違ったはずです。

 先の見えない不安は誰にでもあると思いますが、あらかじめ心積もりができていれば、将来の不安を軽くできることがあると思います。

 ・お金と生活の支援(国立がん研究センター)

 ・がんと仕事のQ&A(国立がん研究センター)

 

■仕事と備え

 発病時、私は正規雇用の地方公務員でした。公務災害が適用されない場合、有給休暇(年次休暇20日+病気休暇90日)を使い切った後、同一の病気で休職できる期間は、最長3年間です。自営業や非正規雇用の人にはこのような福利厚生はありません。

 

 休職すると、1年半は傷病手当(報酬月額の3分の2程度)が支給され、その後は無給になります。つまり、“働く意志があるなら、3年はクビになりせんが、給料は1年半しか出ませんよ”という扱いです。一般的な企業に勤めている人も、制度としてはそれほど大きな違いはないはずです。

 

 休職後3年間は、身分が保証されているとは言っても、私はいつから休むべきか悩みました。

 仕事(収入)を優先すれば、在宅酸素を使いながらでも限界まで働き、術後1年半以内に復帰を目指すことになります。

 しかしこれは、「容態が急変しない」「無事移植を受けられる」「術後の経過が良い」を根拠なく前提にしており、かなり危ない橋を渡ることになります。

  一方で、身体を優先して早く休みに入り過ぎれば、手術までに休職期間を使い切ってしまったり、術後のリハビリに使える期間がなくなったりして、石橋を叩き過ぎて渡れなくなるかも知れません。

 

 さて、どうしたものか…。

 

 今ならわかるのですが、臓器移植が必要な状態というのは、既に回復する望みはないということです。そのことを自分が受け入れられるかどうか。残念ながら、悩んでだけいられる時期ではもうないのです。

 これからやりたいこと、やらなければならないことがあっても、早めに区切りをつけなければなりません。病気は待ってくれません。不安の数はだんだん増えていき、判断力を鈍らせます。私がそうでした。

 

 もし今、身体に無理をして働いている方がいたら、できるだけ早く治療・療養に専念していただきたいです。元気になりたいなら、あれこれ考えるよりも、体力を維持して手術に挑むことに専念したほうが、結果的には良いと思います。お金の心配なら、何とかなります!…と軽々しくは言えませんが、考える余裕があるうちに、医療費助成と障害年金の手続きくらいは知っておいて損はないです。

 

 それぞれに事情はあるでしょうが、仕事先やご家族にも早めに相談をしておいたほうがよいと思います。不安は身体に悪いです。みんなで分け合うか、なるべく減らすに越したことはありません。

 

■心と備え 2021.8.20更新

 仕事や金銭面などの問題は、社会保障制度を利用することによって、ある程度の解決や軽減ができます。基本的には、申請して待つだけですので、誰かに頼むこともできるでしょう。心配なら、プロである社会保険労務士に頼む方法もあります。

 それに対して、自分の心は誰かに頼んでも思い通りにはなりません。今だからわかることですが、些細なことで感情的になってしまい、周囲も過敏になる悪循環に陥っていました。何と言うか、家中が“報われない”に支配されてしまう感じだったように思います。

 そんなときには、これで一発解決!というものはなく、結局は自分なりの「解消法」と「リズム」をつくって日々をやり過ごすしかないというのが、私のこれまでの実感です。

 

 「人間、やることがないとロクなことを考えない」とよく言われますが、そのとおりだと思います。男女差があるかは議論の余地がありますが、特に男性の場合は、仕事に代わる自分の役割がないと落ち着かない人が多いのではないでしょうか。

 私は、「犬と散歩」と「家の掃除機がけ(元々は掃除嫌いでした)」は、できる限り続けました。病気の進行に合わせて内容は減らさざるを得ませんでしたが、喪失感だらけの毎日を小さな目標と達成感が和らげてくれたように思います。

 

 元気なときは退屈なだったはずの日常が、病気になると夢のように感じます。元気な頃と同じようにはいかなくても、自分に何ができるかを考えながら、悪いなりの日常をつくれるようになると、少しはラクになれます。毎日、決まった時間に起きるだけでも続けてみてください。生活のリズムが整えば、お世話をしてくれる人の助けにもなり、やがて自分にも還ってくるはずです。